はじめに
ホテル業界でのキャリアを考える際、「長く働き続けられるのか」「どのようなキャリアが描けるのか」といった将来への不安を抱く方は少なくありません。かつては、特定の部門で経験を積み、管理職へと昇進する「ゼネラリスト」の道か、専門職として腕を磨く「スペシャリスト」の道が主流でした。しかし、2025年を迎え、ホテル業界を取り巻く環境は大きく変化しています。
インバウンド需要の回復、労働人口の減少、そして何よりも「働き手の価値観の多様化」が、ホテル業界のキャリアパスに新たな局面をもたらしています。画一的なキャリアモデルでは、現代のホテリエたちの多様なニーズに応えることはできません。今、求められているのは、個人の成長志向やワークライフバランスといった価値観に寄り添い、自らがキャリアをデザインできる「主体的なキャリアパス」です。
本記事では、この「働き手の価値観の変化」に焦点を当て、ホテル業界で長く活躍するための「主体的なキャリアパス」の形成戦略を深掘りします。特に、大手ホテルグループがどのようにこの課題に向き合っているのか、具体的な事例を交えながら、あなたのキャリア形成に役立つヒントをお届けします。
現代ホテリエが直面するキャリアの多様化
ホテル業界は、お客様に最高のホスピタリティを提供するという本質は変わりませんが、働く人々のキャリアに対する考え方は大きく進化しています。伝統的に、ホテリエのキャリアパスは大きく二つの道に分けられてきました。
一つは、フロント、宿泊、料飲、宴会など様々な部門を経験し、ホテル全体の運営を統括する「ゼネラリスト」としての道です。部門マネージャーを経て、最終的には総支配人を目指すキャリアは、ホテル経営の醍醐味を味わえる魅力的な選択肢でした。もう一つは、シェフ、ソムリエ、コンシェルジュ、ウェディングプランナーといった特定の分野で専門性を極める「スペシャリスト」としての道です。深い知識と卓越した技術で、お客様に唯一無二の体験を提供する、まさに職人の世界です。
しかし、現代のホテリエ、特に若い世代は、これまでの画一的なキャリアパスだけでは満足しない傾向にあります。彼らは自身の「成長」を強く志向し、同時に「ワークライフバランス」を重視します。また、転勤を伴う昇進が必ずしも魅力的とは限らず、特定の地域で長く働き続けたいと考える人も増えています。このような多様な価値観を持つ働き手にとって、従来の「決められたレール」の上を走るキャリアパスは、時に息苦しさを感じさせるものとなり得ます。
この変化は、ホテル業界全体にとって大きな課題であると同時に、新たなキャリアの可能性を拓くチャンスでもあります。企業側は、多様な価値観に応えられる柔軟な人事制度やキャリアパスの仕組みを構築することが急務となっています。画一的な制度のままでは、優秀な人材の確保はもちろん、既存の従業員の定着も難しくなるでしょう。
ホテル業界の働き方については、以下の記事も参考にしてください。ホテル業界の働き方：2024年新卒が知るべきキャリアと未来
【深掘り】西武・プリンスホテルズが挑む「主体的なキャリアパス」
このような働き手の価値観の多様化に対し、ホテル業界の企業はどのように対応しているのでしょうか。PwCコンサルティング合同会社が発行したコラム記事「ホテル業界の人材課題に立ち向かう西武・プリンスホテルズ … – PwC」（2023年10月掲載）は、この問いに対する具体的な取り組みの一端を示しています。
URL: https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/column/hotel-lack-of-human-resource.html
この記事では、西武・プリンスホテルズの取り組みが紹介されており、特に注目すべきは、「働き手の価値観の変化に対応した施策の重要性」という点です。PwCコンサルティングの上席執行役員／パートナーである南出修氏は、コロナ禍以前の「一律な働き方」から、現代では「働き手が個別にパーソナライズ化された労働時間や余暇を好む傾向が強まっている」と指摘しています。
西武・プリンスホテルズの大森氏は、特に若いスタッフを中心に「働きがい」を重視する傾向にあると感じており、同社のエンゲージメント調査でも「自身の成長」のスコアが高い傾向にあると述べています。そして、会社に期待することとして「主体的なキャリアパス」や「画一的な人事制度の廃止」に関心があることが明らかになっています。
これは、まさに現代のホテリエが求めているキャリアの姿を端的に表しています。会社側が一方的にキャリアを提示するのではなく、従業員一人ひとりが自身の希望や適性に基づいてキャリアを形成していくことを支援する、という考え方です。記事では、「今後は生み出す価値にフォーカスした、柔軟な処遇の在り方を模索していくべき」と提言されており、これは単なる昇進や転勤だけでなく、個々の貢献度や専門性を評価し、それに応じた報酬や働き方を提供することの重要性を示唆しています。たとえば、転勤が難しい従業員であっても、特定の分野で高い専門性を発揮したり、地域に根差したサービスで独自の価値を生み出したりすれば、それが正当に評価され、キャリアアップに繋がるような仕組みが求められているのです。これは、従来の「転勤しないと出世できない」といった固定的な人事制度からの脱却を意味します。
西武・プリンスホテルズのような大手企業が、このような「主体的なキャリアパス」の重要性を認識し、人事制度の変革を検討していることは、ホテル業界全体の未来にとって非常にポジティブな兆候と言えるでしょう。これは、あなたがホテル業界で長く働く上で、自身の価値観を大切にしながらキャリアを築ける可能性が高まっていることを意味します。
ホテル業界における長期キャリア形成については、こちらの記事も参考になるでしょう。ホテル業界における長期キャリア形成：持続可能な成長を支える人材戦略
「主体的なキャリアパス」を形成するための要素
では、あなた自身がホテル業界で「主体的なキャリアパス」を形成していくためには、どのような要素が必要となるのでしょうか。PwCのコラムで示された企業の変革の動きは、私たちホテリエ自身の意識変革も促します。会社任せにするのではなく、自らキャリアをデザインする視点を持つことが重要です。
1. 個人の価値観の明確化
まず、あなた自身が仕事を通じて何を最も重視するのかを明確にすることから始めましょう。それは「高い役職に就くこと」かもしれませんし、「特定の専門性を極めること」かもしれません。あるいは、「ワークライフバランスを保ちながら安定して働くこと」「地域に貢献すること」「新しいことに挑戦し続けること」など、多種多様な価値観があります。
自身の価値観を明確にすることで、どのようなキャリアパスがあなたにとって「理想的」なのかが見えてきます。これは、キャリアの選択や、日々の業務へのモチベーション維持において、羅針盤となるでしょう。
2. スキルと経験の棚卸し
これまでに培ってきたスキルや経験を客観的に見つめ直しましょう。フロント業務で培ったコミュニケーション能力、レストランでのサービス経験、宴会でのチームマネジメント、語学力、ITスキルなど、ホテル業務には多岐にわたるスキルが求められます。これらのスキルが、将来どのような役割や職種で活かせるのか、あるいは不足しているスキルは何かを洗い出すことで、今後の学習や経験の方向性が見えてきます。
また、過去の成功体験や困難を乗り越えた経験も、あなたの強みとして棚卸しすることが重要です。これらは、面接や自己アピールの際にも強力な武器となります。
3. 社内での機会探索と自己アピール
多くのホテルでは、部署異動や兼務、社内公募制度、新規プロジェクトへの参加といった形で、従業員が多様な経験を積める機会を提供しています。これらの機会を積極的に探し、自身のキャリアプランに合致するものがあれば、積極的に手を挙げましょう。
上司や人事担当者との定期的な面談で、自身のキャリアビジョンや希望を明確に伝えることも非常に重要です。会社側も、従業員の意向を把握することで、より適切な配置や育成プランを検討しやすくなります。主体的に行動し、自身の希望を伝えることで、従来の画一的な人事制度に捉われないキャリア形成が可能になるかもしれません。
4. 外部環境へのアンテナ
ホテル業界は常に変化しています。新しいテクノロジーの導入、顧客ニーズの変化、競合ホテルの動向など、外部環境へのアンテナを高く張ることも重要です。業界のトレンドや他社の先進的な取り組みを知ることで、自身のキャリアの可能性を広げたり、新たなスキル習得の必要性を感じたりすることができます。
例えば、AIを活用したレセプションシステムの導入が進む中で、コンシェルジュはより高度なパーソナルサービスに特化するなど、職種の役割も変化していく可能性があります。このような変化を先読みし、自らのスキルセットをアップデートしていくことが、長く活躍するための鍵となります。
ホテル業界で長く活躍するために必要な「柔軟性」と「自己主導性」
2025年現在、ホテル業界で長く活躍し、充実したキャリアを築くためには、「柔軟性」と「自己主導性」がこれまで以上に求められます。
柔軟性
ホテル業界は、お客様のニーズや社会情勢によって常に変化します。コロナ禍のような未曾有の事態も経験し、ホテルのあり方自体が問われることもありました。このような変化の波に対応するためには、特定の業務や役割に固執せず、新しい挑戦や役割の変更にも前向きに取り組む柔軟な姿勢が不可欠です。
例えば、デジタル化の進展により、フロント業務の一部が自動化されたとしても、その分、お客様とのより深いコミュニケーションや、パーソナルな体験を提供する役割に注力できると捉えることができます。また、部門間の垣根を越えた連携や、マルチタスクをこなす能力も、柔軟性の一環と言えるでしょう。
ホテル業界の労働環境改善については、こちらの記事もご一読ください。ホテル業界の労働環境改善事例：働きがいを生む企業の取り組みと成果
自己主導性
前述の西武・プリンスホテルズの事例が示すように、企業側も従業員の「主体的なキャリアパス」への関心を重視し始めています。これは、自身のキャリアを会社任せにするのではなく、自らが主体的にデザインし、実現していく意識が重要であることを意味します。
具体的には、自身の強みや興味関心を深く理解し、それらを活かせる部署やプロジェクトを自ら探すこと。必要なスキルを習得するために、社内外の研修や資格取得に積極的に取り組むこと。そして、自身のキャリアビジョンを周囲に伝え、協力者を募ることなどが挙げられます。語学力やデジタルスキルといった汎用性の高いスキルは、キャリアの選択肢を大きく広げるため、意識的に習得に努めるべきです。
自己主導性を持ってキャリアを築くことは、単に昇進や給与アップを目指すだけでなく、仕事への「働きがい」や「自己実現」に繋がります。自身の成長を実感しながら、長くホテル業界で活躍するためには、この自己主導的な姿勢が不可欠なのです。
働き方の多様性については、こちらもご覧ください。ホテル業界で加速する変革：働き方の多様性がもたらす新たな価値
まとめ：あなたらしいキャリアをホテル業界で築くために
ホテル業界は、お客様に感動と喜びを提供する素晴らしい仕事です。そして2025年現在、この業界は「ホテルで長く働けるの？」「どんなキャリアが描けるの？」というあなたの不安に対し、これまで以上に多様な答えを用意し始めています。
従来のゼネラリストやスペシャリストといった定型的なキャリアパスに加え、大手ホテルグループが「主体的なキャリアパス」の実現に力を入れ始めていることは、大きな希望です。個人の成長志向やワークライフバランスといった多様な価値観が尊重され、自身の強みや興味を活かしてキャリアをデザインできる環境が整いつつあります。
この変化の時代において、あなたに求められるのは、「自身の価値観を明確にすること」「スキルと経験を棚卸しすること」「社内外の機会を積極的に探索すること」、そして何よりも「柔軟性と自己主導性」を持ってキャリアを築いていくことです。会社が提供する機会を最大限に活用しつつ、自らの手で未来を切り拓く意識を持つことが、ホテル業界で長く活躍し、あなたらしい充実したキャリアを築くための鍵となるでしょう。
ホテル業界は、人が中心となるホスピタリティ産業です。だからこそ、働く一人ひとりの個性が輝き、成長できる場所であり続ける必要があります。ぜひ、この変化の波をチャンスと捉え、あなた自身の理想のキャリアパスをホテル業界で実現してください。
コメント