はじめに
観光産業が活況を呈する2025年、ホテル業界は再び脚光を浴びています。インバウンド需要の急速な回復と、それに伴う新規ホテルの開業ラッシュは、業界全体に新たな活気をもたらしています。しかし、その一方で、求職者の皆さんが抱く「ホテル業界は本当に働きやすいのか」「休みは取れるのか」といった労働環境や待遇に関する疑問は依然として根強いものがあります。特に「休み」の取りやすさは、ワークライフバランスを重視する現代において、企業選びの重要な要素となっています。
本記事では、ホテル業界における有給休暇取得の現状に焦点を当て、その背景にある課題と、働きやすい「ホワイト企業」を見極めるための具体的な視点について、最新のデータと業界の動向を交えながら深掘りしていきます。
ホテル業界の「休み」の現状:衝撃の有給休暇取得率
ホテル業界でのキャリアを考える上で、まず知っておくべきは、有給休暇の取得状況です。厚生労働省が発表した「令和6年就労条件総合調査」によると、宿泊業・飲食サービス業における労働者一人あたりの平均有給休暇取得日数はわずか5.9日、取得率は51.0%にとどまっています。これは、全産業平均の取得日数11.0日、取得率65.3%と比較しても、極めて低い水準であり、全産業の中で最も低い数値です。
この数字は、ホテル業界が「休みづらい」というイメージを持たれがちな現実を如実に示しています。多くの求職者が「ブラック企業ではないか」と懸念する理由の一つが、この有給休暇の取得の難しさにあると言えるでしょう。せっかく付与された有給休暇を十分に消化できない環境は、従業員の心身の負担を増大させ、長期的なキャリア形成を阻害する要因となりかねません。
詳細なデータについては、人材プラスの「【宿泊業界】ホテル・宿泊施設の人手不足は自業自得?原因と…」の記事でも触れられています。
人手不足の背景にある「休みづらさ」
なぜホテル業界では、これほどまでに有給休暇が取りにくい状況が続いているのでしょうか。その最大の要因として挙げられるのが、深刻な人手不足です。
コロナ禍で一時的に落ち込んだ観光需要は、2025年には新型感染症以前の水準を大きく上回る勢いで回復しています。帝国データバンクの調査「人手不足に対する企業の動向調査(2025年1月)」によると、ホテル・旅館業において正社員が不足していると感じている企業は、2023年1月の77.8%からやや緩和されたものの、2025年1月時点でも60%以上と依然として高い水準にあります。新規ホテルの開業も続いており、人材の需要は高まる一方です。
こうした状況下では、限られた人員で業務を回さざるを得ず、一人ひとりの従業員にかかる負担が増大します。結果として、有給休暇の申請があっても、代替要員がいないため承認されにくく、従業員側も「周りに迷惑をかけたくない」という思いから申請をためらう、という悪循環が生じています。この「休みづらさ」が、さらなる人材流出を招き、人手不足を深刻化させる一因となっているのです。
ホテル業界の労働環境の全体像については、過去記事「ホテル業界の労働環境:その実態と詳細を徹底分析」もご参照ください。
「休みやすい」ホワイト企業を見極めるポイント
しかし、ホテル業界全体が「休みづらい」というわけではありません。従業員の働きやすさを追求し、積極的に労働環境の改善に取り組む「ホワイト企業」も確実に存在します。求職者の皆さんが理想の職場を見つけるためには、以下のポイントに注目して企業を見極めることが重要です。
1. 有給休暇取得率の具体的な開示と実績
単に「有給休暇が取得できます」と謳うだけでなく、企業が具体的な取得率や平均取得日数を公開しているかを確認しましょう。厚生労働省のデータと比較し、業界平均を大きく上回る実績を持つ企業は、従業員の休暇取得に真摯に取り組んでいる証拠です。企業によっては、有給休暇の計画的付与制度や、取得奨励のためのインセンティブ制度を導入している場合もあります。
2. 働き方改革への積極的な取り組み
人手不足の解消と従業員の定着化のためには、賃上げだけでなく、労働時間短縮や有給休暇取得向上への取り組みが不可欠です。宿泊業界の動向に関する記事(【2025年版あり】宿泊業界の動向~現状とこれからを徹底…)では、「時間外勤務の抑制や有給休暇の取得向上に力を入れ、従業員の定着化に取り組んでいる」企業の声が紹介されています。また、「既存社員の賃金アップほか、入社時の初任給を年収で50万円上げたところ、応募件数が変わってきた」という具体的な成功事例も示されており、賃上げと労働環境改善が人材確保に直結することが分かります。
デジタル化による業務効率化や、多能工化(クロスファンクショナルチーム)による人員配置の柔軟性向上など、生産性向上への投資も、結果的に従業員の負担軽減と休暇取得のしやすさに繋がります。
ホテル業界の働き方改革については、過去記事「ホテル業界の働き方改革:労働時間短縮を実現した具体的な改善事例」でも詳しく解説しています。
3. 充実した福利厚生と柔軟な勤務制度
有給休暇だけでなく、福利厚生の充実度もホワイト企業を見極める重要な要素です。介護休暇、育児休暇、配偶者出産休暇といった法定休暇の取得実績はもちろん、自社ホテルやグループ施設の割引サービス、資格取得支援、階層別研修、交通費支給、さらにはフレックスタイムや短時間勤務制度など、従業員のライフステージやニーズに合わせた多様な制度が用意されているかを確認しましょう。これらの制度は、従業員の生活の質を高め、長期的なキャリア形成をサポートします。
参考情報「ホテル業界におけるホワイト企業の特徴は?ブラック…」でも、福利厚生の充実がホワイト企業の特徴として挙げられています。
4. 従業員の声や企業文化
求人情報や企業HPだけでは見えにくい「人間関係、コミュニケーション」や「学歴・性別・年齢・経験有無に関係なく活躍できること」といった要素も、職場の満足度を大きく左右します(観光庁「令和6年度『宿泊業の人材確保・育成の状況に関する実態調査』」)。企業の採用説明会やインターンシップに参加する、口コミサイトを参考にする、あるいは面接時に具体的な質問をするなどして、従業員が働きがいを感じているか、風通しの良い企業文化が根付いているかを探ることも大切です。
働きがいを重視する企業については、過去記事「働きがいを追求するホテル業界:ホワイト企業で実現する理想のキャリアパス」も参考になるでしょう。
最新ニュースから見る業界の動き:西武プリンスホテルによるエースホテル買収の意義
2025年9月16日、西武ホールディングス傘下の西武・プリンスホテルズワールドワイド(SPW)が、米国のライフスタイルホテルブランド「エースホテル」を運営するエース・グループ・インターナショナル(AGI)を買収すると発表しました。この買収額は最大約130億円にも上り、SPWがグローバル展開を加速させるための重要な一手と位置付けられています。
参照元:西武プリンス、「エースホテル」運営の米AGIを買収 最大130億円 – 日本経済新聞
このニュースは、一見すると企業の事業戦略に過ぎないように見えますが、ホテル業界の労働環境を考える上で重要な示唆を含んでいます。SPWは「日本をオリジンとしたグローバルホテルチェーン」への成長を目指しており、今後10年で250ホテル体制を目指すとしています。このような大規模なグローバル展開を成功させるためには、優秀な人材の確保と定着が不可欠です。
国際的な競争が激化する中で、企業は単に事業規模を拡大するだけでなく、従業員が働きがいを感じ、長く活躍できる環境を提供することが求められます。外資系ホテルが一般的に日系ホテルよりも高い給与水準や充実した福利厚生を提供している傾向があることを踏まえると、今回の買収は、SPWがグローバルスタンダードに合わせた待遇改善や働き方改革を推進するインセンティブとなる可能性があります。つまり、グローバル展開を目指す大手企業は、国際的な人材獲得競争に打ち勝つためにも、従業員のエンゲージメントを高めるための投資を惜しまない傾向にあると言えるでしょう。
これは、求職者にとって、大手ホテルチェーンがより魅力的な職場へと変貌を遂げる可能性を示唆しており、今後の待遇改善やキャリアパスの多様化に期待が持てます。
グローバル化と働き方については、過去記事「グローバル化するホテル業界:異文化理解が拓く新しい働き方」も関連する内容です。
まとめ
ホテル業界は、インバウンド需要の回復とグローバル化の進展により、大きな変革期を迎えています。かつて「休みづらい」とされてきた労働環境も、人手不足の深刻化を背景に、賃上げや働き方改革、福利厚生の充実といった形で改善への動きが加速しています。特に有給休暇の取得率は、その企業の働きやすさを測る重要な指標であり、求職者の皆さんはこの点に注目して企業を深く見極める必要があります。
西武プリンスホテルによるエースホテル買収のような大手企業の戦略的な動きは、業界全体の待遇改善を後押しする可能性を秘めています。表面的な情報だけでなく、企業の具体的な取り組み、従業員の満足度、そして将来のビジョンまでを総合的に評価することで、皆さんの理想とする「働きやすい」ホテル企業を見つけることができるでしょう。ホテル業界は、今、その働きがいとキャリアパスの可能性を大きく広げようとしています。
長期的なキャリア形成について考える方は、過去記事「ホテル業界で長く働き続けるには:キャリアを築き定着するための戦略」も参考にしてください。


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