はじめに
ホテル業界でのキャリアを考える際、「長く働けるのだろうか?」「どのようなキャリアパスが描けるのか?」といった将来への不安を感じる方は少なくありません。実際、厚生労働省が発表した令和5年(2023年)の雇用動向調査結果によると、宿泊業・飲食サービス業の離職率は26.6%と、全産業平均の15.4%に比べて高い水準にあります。この数字だけを見ると、ホテル業界は定着が難しいと感じるかもしれません。
しかし、このデータにはもう一つの側面があります。同じく令和5年のデータでは、宿泊業・飲食サービス業の入職率は32.6%と、離職率を上回っています。これは、業界内での人材の流動性が非常に活発であることを示唆しており、必ずしもネガティブな理由ばかりでなく、スキルアップや新たな挑戦を求めて前向きな転職を選ぶ人も多いことを意味します。
本記事では、ホテル業界で長く働くためのヒントを探るべく、離職率が高いとされる背景にある課題と、その改善に成功している具体的なホテルの取り組みに焦点を当てて深掘りします。特に、従業員の定着率向上に積極的に取り組むホテルの事例を通じて、「ホテルで長く働く」という選択肢が現実的である理由と、そのために個人が意識すべき点について考察していきます。
ホテル業界の離職率が高い背景にある課題
ホテル業界の離職率が高いとされる背景には、業界特有の労働環境や構造的な課題が存在します。主な要因としては、以下の点が挙げられます。
- 長時間労働と不規則な勤務形態:ホテルは24時間365日稼働しているため、従業員はシフト制で勤務します。早朝出勤や深夜勤務、中抜け休憩を挟む勤務など、生活リズムが不規則になりやすい傾向があります。特に繁忙期には、長時間労働が常態化することもあります。
- 休みを取りづらい環境:年中無休の特性上、週末や祝日、年末年始といった世間一般の休暇期間が繁忙期となり、休みが取りにくいと感じる従業員も少なくありません。厚生労働省の「令和5年就労条件総合調査」では、宿泊業・飲食サービス業の有給休暇取得率は49.1%と、全産業で最も低い水準にあります。
- 賃金水準:他の産業と比較して、賃金水準が低い傾向にあることも指摘されています。業務内容の多様性や専門性の高さに見合わないと感じ、キャリアアップや待遇改善を求めて転職を選ぶケースもあります。
- 業務負担の大きさ:人手不足が慢性化しているホテルでは、従業員一人あたりの業務量が増加し、フロント業務からレストランサービス、客室清掃のヘルプまで、多岐にわたる業務を兼任することも珍しくありません。これにより、身体的・精神的な負担が大きくなることがあります。
これらの課題は、ホテル業界で働く多くの人が直面する現実であり、離職を検討する大きな理由となり得ます。しかし、業界全体でこれらの課題に真摯に向き合い、改善策を講じる動きも活発化しています。
「長く働けるホテル」の条件を探る:離職率改善の成功事例に学ぶ
ホテル業界の厳しい労働環境が指摘される一方で、従業員が長く安心して働ける環境づくりに成功しているホテルも存在します。こうした事例から、私たちが「長く働けるホテル」を見極めるためのヒントを探ることができます。
今回は、従業員の定着率向上に焦点を当てた取り組みについて解説している以下の記事を参考に、具体的な事例を深掘りしていきます。
この記事の中で紹介されているシェラトングランドホテル広島の事例は、ホテル業界で長く働くことを目指す方にとって、非常に示唆に富んでいます。
シェラトングランドホテル広島の挑戦:正規雇用化とワークライフバランスの重視
シェラトングランドホテル広島は、人材の離職率低下と定着率向上を目指し、2015年から3年間をかけて、契約社員を正規雇用のスタッフに任用替えする取り組みを実施しました。この施策は、ホテル業界におけるキャリア形成の課題と深く関連しています。
多くのホテルでは、契約社員として採用されるケースが多く、正社員への道が不透明な場合も少なくありません。キャリアアップを目指す人材にとって、この不安定さは大きな不安要素となり、より安定した雇用形態を求めて他社への転職を考えるきっかけとなりがちです。シェラトングランドホテル広島の正規雇用化は、こうしたキャリアアップ志向の従業員に対し、長期的な視点でのキャリアパスを提供し、安心して働き続けられる基盤を築いたと言えるでしょう。
さらに、同ホテルは一人ひとりのスタッフと話し合い、個人の事情をきちんと配慮してワークライフバランスの向上を図りました。子育てや家庭の事情に柔軟に対応することで、結婚・出産といったライフイベントを機に退職する人材を大幅に減らすことに成功しています。これは、女性がキャリアを継続しにくいとされるホテル業界において、非常に重要な取り組みです。
この事例から見えてくるのは、従業員が長く働くためには、単に業務内容だけでなく、雇用の安定性と個人のライフステージに合わせた柔軟な働き方が不可欠であるということです。正規雇用化によってキャリアの展望を明確にし、ワークライフバランスを尊重することで、優秀な人材が長期的にホテルに貢献できる環境が生まれるのです。
長く働くために個人が意識すべきこと
企業側の努力だけでなく、ホテル業界で長くキャリアを築いていくためには、働く側もいくつかの点を意識することが重要です。
自己分析と企業選びの重要性
シェラトングランドホテル広島の事例が示すように、企業文化や働き方が個人のライフスタイルやキャリアプランに合致しているかは、長期的な定着に大きく影響します。就職や転職活動の際には、以下の点を深く自己分析し、企業選びの基準とすることが大切です。
- 自身のキャリアプラン:将来どのような職種に就きたいのか、どのようなスキルを身につけたいのか、管理職を目指すのか、専門職を極めたいのかなど、具体的なキャリアパスをイメージしましょう。
- ワークライフバランスの希望:どのような働き方を望むのか、休日の取得頻度や勤務時間帯、残業の許容範囲などを明確にしましょう。
- 企業の文化と価値観:応募するホテルの従業員に対する考え方、働き方改革への取り組み、従業員満足度向上の施策などを事前に調査し、自身の価値観と合致するかを見極めることが重要です。
「ホテル業界で「働きがい」を見つける:ホワイト企業が実践する魅力的な職場環境」の記事も参考に、働きがいを感じられる企業を見つける視点を持つと良いでしょう。
スキルアップとキャリア形成への意識
ホテル業界は人材の流動性が高い一方で、多様なスキルを身につけ、キャリアを形成できるチャンスも豊富です。長く働くためには、自身の成長を止めない意識が不可欠です。
- 専門性の追求:フロント、料飲、宿泊予約、コンシェルジュなど、特定の分野で専門性を高めることで、その道のプロフェッショナルとしてキャリアを築くことができます。究極のホスピタリティ:コンシェルジュのキャリアパスと長く働く秘訣なども参考に、専門職のキャリアパスを検討するのも良いでしょう。
- ゼネラリストとしての成長:複数の部署を経験し、ホテル運営全体を理解することで、支配人やマネージャーといった管理職を目指す道も開けます。ホテル支配人を目指すキャリアパス:魅力と必要なスキル・最新動向まで徹底解説も参照してください。
- 語学力の習得:インバウンド需要が高まる中、英語はもちろん、中国語、韓国語などの語学力は大きな強みとなります。国際的なホテルでの活躍の場が広がるだけでなく、キャリアアップの機会も増えるでしょう。
自身のキャリアパスを具体的に描くことで、日々の業務にも目的意識を持って取り組むことができ、結果として長く働き続けるモチベーションに繋がります。ホテル業界でキャリアを築くには:長期的な活躍を支える秘訣と展望やホテル業界で描く未来のキャリア:具体的なパスのモデルケースを徹底解説も参考に、自身のキャリア形成について深く考えてみてください。
まとめ:ホテル業界での長期キャリアを見据えて
ホテル業界の離職率が高いというデータは確かに存在しますが、それは業界の一面を捉えたものに過ぎません。多くのホテルが従業員の働きがいや定着率向上に向けた取り組みを強化しており、労働環境は改善されつつあります。シェラトングランドホテル広島の事例のように、雇用の安定化やワークライフバランスの重視といった具体的な施策を通じて、従業員が長く安心して働ける環境を整備する動きは、今後さらに加速するでしょう。
「ホテルで長く働けるのか?」という問いに対し、答えは「イエス」です。ただし、そのためには、自身のキャリアプランやライフスタイルに合った企業を慎重に選び、主体的にスキルアップやキャリア形成に取り組む姿勢が不可欠です。ホテル業界は、お客様に最高の「おもてなし」を提供するやりがいのある仕事であり、多様なキャリアパスが用意されています。自身の可能性を信じ、積極的に情報を収集し、最適な環境を見つけることで、ホテル業界での充実した長期キャリアを実現できるはずです。


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