はじめに
2025年、ホテル業界は大きな変革期を迎えています。インバウンド需要の回復と多様化する顧客ニーズに対応するため、各ホテルはサービスの質向上はもちろんのこと、従業員の「働きがい」にもこれまで以上に注力し始めています。そんな中、Great Place To Work® Institute Japan(GPTW Japan)が2月12日に発表した2025年版の日本における「働きがいのある会社」ランキングで、ホテル業界からヒルトンとマリオットインターナショナルが大規模部門に初選出され、それぞれ3位と12位にランクインしたことは、業界内外に大きなインパクトを与えました。
このニュースは、求職者にとって「本当に働きやすいホテルはどこか?」「ブラック企業ではないのか?」といった長年の疑問に対する、具体的な指針となるものです。特に、外資系ホテルが上位に名を連ねたことは、日系ホテルとの労働環境や待遇における違いを浮き彫りにし、ホテル業界全体の働き方改革の方向性を示唆しています。本記事では、この「働きがいのある会社ランキング」の結果を深掘りし、ヒルトンとマリオットインターナショナルがなぜ「働きがいのある会社」として評価されたのか、その具体的な要因と、それが求職者にとって何を意味するのかを、ホテル業界の最新動向と合わせて解説していきます。
「働きがいのある会社」とは何か?GPTW Japanの評価基準
「働きがいのある会社」とは、単に給料が高い、残業が少ないといった表面的な条件だけで評価されるものではありません。GPTW Japanが毎年実施している調査は、世界約150ヶ国で展開され、その評価基準は非常に多角的かつ客観的です。企業が「働きがいのある会社」として認定されるためには、以下の二つの調査で一定水準を満たす必要があります。
- 従業員向けアンケート調査(Trust Index™):従業員が会社を信頼し、自分の仕事に誇りを持ち、仲間との連帯感を感じているかを測るものです。具体的には、60の選択式設問と2つの自由記述式設問、8つの属性・認識を問う設問に回答します。この調査では、社員が経営層を信頼しているか、公正な扱いを受けているか、仕事に意味を感じているか、成長機会があるかなど、多岐にわたる項目が問われます。
- 会社向けアンケート調査(Culture Audit™):企業文化や人事施策、福利厚生、人材育成プログラムなど、会社が従業員のためにどのような取り組みをしているかを問うものです。経営層が従業員の働きがいをどのように考え、具体的にどのような制度を導入し、運用しているかが詳細に評価されます。
これらの調査を通じて、GPTW Japanは「働きがい」を構成する5つの要素、すなわち「信頼」「尊敬」「公正」「誇り」「連帯感」がどれだけ満たされているかを総合的に評価します。2025年版の調査では、特に「働きに見合った報酬が支払われている」「経営・管理者層の期待が明確」「経営・管理者層に質問しやすい」といった項目で改善が見られた企業が多かったと報告されており、これらはまさに求職者が「働きやすい会社」を見極める上で重視するポイントと合致しています。
外資系ホテルが示す「働きがい」の具体像:ヒルトンとマリオットの事例
今回、大規模部門でヒルトンが3位、マリオットインターナショナルが12位に初選出されたことは、外資系ホテルが日本のホテル業界において「働きがい」のモデルケースとなりつつあることを示唆しています。では、なぜこの2社が特に高い評価を得たのでしょうか。GPTW Japanの調査結果で改善が見られた項目と照らし合わせながら、その具体像を深掘りします。
働きに見合った報酬と公平な評価制度
「働きに見合った報酬が支払われている」という点は、求職者の「給料はいくら?」という最大の関心事に応えるものです。外資系ホテルは一般的に、日系ホテルと比較して成果主義の傾向が強く、個人のパフォーマンスが給与や昇進に直結しやすい特徴があります。ヒルトンやマリオットでは、グローバル基準に基づいた明確な評価制度が確立されており、従業員は自身の目標達成度や貢献度に応じて、公正な報酬を受け取れる仕組みが整っています。
例えば、インセンティブ制度やボーナス体系が明確で、個人の努力が直接的に収入に反映されることは、従業員のモチベーション向上に大きく寄与します。また、福利厚生においても、社員割引制度や健康支援プログラム、自己啓発支援など、従業員の生活とキャリアを多角的にサポートする制度が充実している傾向にあります。これにより、単なる基本給だけでなく、総合的な「報酬」としての魅力が高まっていると言えるでしょう。実際に、ホテル業界の年収徹底解説:2025年の給与水準とキャリアパスを展望でも触れているように、外資系ホテルの給与水準は業界内でも高い水準にあることが多く、これは「働きがい」を支える重要な柱の一つです。
明確な期待とキャリアパス
「経営・管理者層の期待が明確」であることは、従業員が自身の役割と目標を理解し、主体的に仕事に取り組む上で不可欠です。外資系ホテルでは、ジョブディスクリプション(職務記述書)が詳細に定められており、各ポジションの責任範囲や求められるスキルが明確化されています。これにより、従業員は「何をすれば評価されるのか」「どのようなスキルを磨けばキャリアアップできるのか」を具体的に把握できます。
ヒルトンやマリオットのようなグローバル企業では、世界中に展開するホテルネットワークを活かした多様なキャリアパスが用意されています。国内の他ホテルへの異動はもちろん、海外のホテルでの勤務経験を積む機会も少なくありません。定期的なパフォーマンスレビューやキャリア開発面談を通じて、従業員一人ひとりの成長をサポートし、具体的なキャリアプランの実現に向けた支援が行われています。このような制度は、従業員が長期的な視点で自身のキャリアを描き、成長していく上での「働きがい」に直結します。
関連する記事として、ホテル業界のキャリアパス:成功事例から学ぶ昇進と成長戦略もご参照ください。
オープンなコミュニケーションと心理的安全性
「経営・管理者層に質問しやすい」という点は、企業文化における心理的安全性の高さを表しています。外資系ホテルでは、役職や部署の壁を越えたオープンなコミュニケーションを奨励する文化が根付いています。定期的なワンオンワンミーティングやタウンホールミーティング、従業員からの意見を吸い上げるためのアンケートや提案制度などが積極的に導入されています。
これにより、従業員は疑問や懸念を率直に伝えられ、改善提案も歓迎される環境で働くことができます。経営層も従業員の声を真摯に受け止め、組織運営や人事施策に反映させることで、従業員エンゲージメントを高めています。このような透明性の高いコミュニケーションは、従業員の会社への信頼感を醸成し、結果として「働きがい」の向上に繋がります。外資系ホテルがダイバーシティ&インクルージョンを重視する姿勢も、多様なバックグラウンドを持つ従業員が安心して働ける環境を構築する上で、重要な要素となっています。
日系ホテルと外資系ホテルの「働きがい」の比較
GPTW Japanのランキング結果を受けて、コメント欄には「この調査で、帝国ホテルやニューオータニが上位に来たら、日系ホテルで働くのも良いなぁ~と思う人が増えたのでしょうが、結果は外資系だけですか。国際的な労働環境の良さだけが目立ったのですね。」といった声が寄せられています。これは、多くの求職者が日系大手ホテルの働きがいにも関心を持っていることの表れであり、日系と外資系ホテルの「働きがい」に対する認識の違いを示唆しています。
日系大手ホテルも、近年は働き方改革に積極的に取り組んでおり、従業員満足度向上に向けた努力を重ねています。例えば、育児休業や介護休業制度の充実、労働時間の管理徹底、研修制度の強化など、様々な施策が導入されています。しかし、外資系ホテルが上位にランクインした背景には、企業文化や評価基準における根本的な違いがあると考えられます。
外資系ホテルは、グローバルな競争環境の中で培われた成果主義や、多様性を尊重する文化、そして従業員のキャリア開発に対する投資意識が高い傾向にあります。これに対し、日系ホテルは伝統的な年功序列や終身雇用制度が根強く残る企業も少なくなく、個人の成果が報酬に反映されにくい、あるいはキャリアパスが画一的であるといった課題を抱えているケースもあります。もちろん、日系ホテルの中にも素晴らしい「働きがい」を提供している企業は多数存在しますが、GPTWのような客観的な国際基準で評価された際に、外資系ホテルが一歩リードする結果となったと言えるでしょう。
ホテル業界全体の待遇や労働環境については、ホテル業界の待遇と労働環境:現状と課題、そして改善への道筋でも詳しく解説していますので、併せてご一読ください。
ホテル業界の未来と「働きがい」の進化:無人化・省人化の波
ホテル業界における「働きがい」の議論は、単に既存の労働環境を改善するだけでなく、テクノロジーの進化や市場の変化によって、その概念自体が進化していく可能性を秘めています。特に、近年注目されているのが「無人化・省人化」の動きです。2025年9月には、墨田区で初のグループ向け無人ホテル「illi Mia Kinshicho」が開業予定であり、このような無人ホテルの増加は、従業員の働き方に大きな影響を与えるでしょう。
【墨田区初出店】ブランド50室目となる、グループ向け無人ホテル「illi Mia Kinshicho」2025年9月開業
無人ホテルの導入は、チェックイン・チェックアウト業務の自動化、清掃業務の効率化など、定型的な業務を削減し、人手不足の解消に貢献することが期待されます。これにより、従業員は単純作業から解放され、より高度な顧客対応や、顧客体験を創造する企画業務など、付加価値の高い仕事に集中できるようになる可能性があります。これは、仕事の「やりがい」や「専門性」を高め、結果として「働きがい」の向上に繋がるポジティブな側面と言えるでしょう。
一方で、無人化・省人化は、雇用形態の変化や、従業員に求められるスキルの再構築を促す側面も持ちます。従来の接客スキルだけでなく、ITリテラシーやデータ分析能力、多言語対応能力など、新たなスキルが求められるようになるでしょう。ホテル業界で働く人々は、このような変化に柔軟に対応し、自身の専門性を高めていくことが、未来の「働きがい」を確保する上で重要となります。企業側も、従業員のスキルアップを支援する研修制度や、変化に対応できるキャリアパスを整備することが不可欠です。
このテーマは、ホテル業界の働き方改革事例集:人手不足を乗り越える先進企業の取り組みとも密接に関連しており、テクノロジーを活用した効率化が、いかに従業員の働きがいを高めるかに注目が集まっています。
求職者が「働きがいのあるホテル」を選ぶための視点
「働きがいのある会社」ランキングの結果は、求職者にとって貴重な情報源となりますが、ランキングだけで判断するのではなく、多角的な視点から企業を見極めることが重要です。ヒルトンやマリオットの事例から学べることは多くありますが、自身の価値観やキャリアプランに合致するかどうかを慎重に検討する必要があります。
求職者が「働きやすい会社はどこか?」という疑問に答えるためには、以下のポイントを考慮することをお勧めします。
- 企業文化と価値観:外資系ホテルの成果主義や多様性を尊重する文化が自分に合うか、日系ホテルのチームワークや伝統を重んじる文化に魅力を感じるかなど、企業の根底にある文化と自身の価値観が一致するかを確認しましょう。
- 報酬と評価制度:給与水準だけでなく、評価制度の透明性、インセンティブの有無、昇給・昇格の機会など、自身の努力がどのように報酬やキャリアに反映されるのかを具体的に把握することが重要です。
- キャリア開発と成長機会:研修制度の充実度、異動や海外勤務の可能性、資格取得支援など、自身のスキルアップやキャリア形成をサポートする制度が整っているかを確認しましょう。
- ワークライフバランス:労働時間、休日、有給休暇の取得状況、育児・介護支援制度など、仕事と私生活のバランスを保ちながら働ける環境であるかを確認しましょう。
- 従業員の声:企業の公式情報だけでなく、現役社員や元社員の口コミ、社員インタビューなどを参考に、実際の働きがいや職場の雰囲気を把握することも有効です。
これらの視点を持って企業研究を進めることで、求職者は「本当にブラックではないか?」という不安を解消し、「自分にとって働きやすいホワイト企業」を見つけることができるでしょう。ホテル業界で実現する働きがい:働きやすいホワイト企業の探し方と魅力も参考に、ぜひ理想の職場を見つけてください。
まとめ
2025年、ホテル業界は「働きがい」を巡る大きな転換期を迎えています。GPTW Japanの「働きがいのある会社」ランキングでヒルトンとマリオットインターナショナルが上位にランクインしたことは、外資系ホテルが従業員の待遇、明確な期待、オープンなコミュニケーションといった点で先進的な取り組みを進めていることを明確に示しました。これは、求職者が「働きやすい会社」を選ぶ上での新たなベンチマークとなり、日系ホテルにとっても、より魅力的な職場環境を構築するための示唆を与えています。
また、無人ホテルの登場に代表されるテクノロジーの進化は、ホテル業界の働き方を根本から変えつつあります。定型業務の削減は、従業員がより専門的で創造的な業務に集中できる機会を生み出す一方で、新たなスキル習得の必要性も高めています。ホテル業界で長く活躍するためには、変化に柔軟に対応し、自身の市場価値を高めていく意識が不可欠です。
求職者の皆さんがホテル業界で「働きがい」を見つけるためには、単に給与の多寡だけでなく、企業文化、評価制度、キャリア開発支援、ワークライフバランス、そしてテクノロジーによる働き方の変化への対応力など、多角的な視点から企業を見極めることが重要です。2025年のホテル業界は、変化を恐れず、自らのキャリアを積極的にデザインしていく意欲のある方にとって、大きなチャンスが広がる魅力的なフィールドとなるでしょう。


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